1.はじめに
ごく最近まで、水疱性角膜症の唯一の根治的な外科的治療法は全層角膜移植術であった。全層角膜移植術は約100年の歴史を有する移植医療であり、角膜疾患を原因とした失明患者に対して、計り知れない恩恵をもたらしてきた。本術式は確立された手術であり、高価な器具を必要とせず、虹彩整復などの追加手術も容易であるなど、現時点においても非常に価値のある手術であることは疑う余地が無い。しかし本術式では、角膜全層に円形の垂直切開を行うための眼球の脆弱性、縫合糸に関連した感染症、拒絶反応、術後の高度角膜乱視、オープンスカイサージェリーに起因する駆出性出血など様々なリスクが存在する。これらの欠点を克服するためには角膜内皮細胞のみを移植できれば理想的であり、その実現に向けて様々な努力が行われてきた。
2.DSAEKとは?
DSAEK(Descemet Stripping Automated Endothelial Keratoplasty)とはホスト角膜のデスメ膜と内皮を除去した後、マイクロケラトームで作成した厚さ約100~150μm、直径8.0mm程度の円形の後部実質付き角膜内皮ドナーを角膜輪部切開から前房内に挿入し、空気タンポナーデを用いてホスト角膜実質裏面に接着させる角膜内皮移植術のことである。現時点では、角膜内皮移植術と言えば本術式をさすと考えてよく、世界的にも最も普及している。
術後は平均0.6以上の眼鏡矯正視力を期待することができ、惹起乱視も1ジオプター以下である。全層角膜移植とDSAEKとで内皮細胞密度の減少を比較した結果、DSAEKでは最初の6カ月から1年は減少率が高いが、その後減少率は緩やかとなり、2-3年でDSAEK後の内皮細胞密度の残存率が上回るとの報告がある。
図1 DSAEKのシェーマ
図2A アルゴンレーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の1例。
図2B DSAEK術後に1.2の矯正視力が得られた。
3.DSAEKの適応
基本的に全ての水疱性角膜症がDSEAKの適応である。原因疾患としては、偽水晶体眼水疱性角膜症やフックス角膜ジストロフィが欧米においては一般的であるが、本邦ではアルゴンレーザー虹彩切開術後水疱性角膜症が多く見られるのが特徴である。全層角膜移植後の水疱性角膜症もDSAEKの適応である。
一方、DSAEKを避けるべき水疱性角膜症症例も存在する。代表例としては、角膜実質に瘢痕・白斑のある症例である。DSAEKにおいては、ホストの角膜実質を温存したままで角膜内皮組織を移植するため、角膜実質の瘢痕や白斑は術後もそのまま残ることになり、術後の最高到達視力が低い可能性がある。また、後述するようにDSAEKでは角膜内皮ドナーを空気タンポナーデを用いてホスト角膜裏面に接着させるため、正常な虹彩-眼内レンズによる隔壁が存在することが望ましい。そのため、無水晶体眼や虹彩異常眼(無虹彩、広範な虹彩前癒着、麻痺性散瞳、大きな虹彩欠損)は空気が硝子体内へ迷入するリスクがあり、DSAEKの難易度が高い。従って、これらの症例に対して、初級術者は無理をせず、全層移植術を選択した方が無難である。さらに、濾過胞眼では前房内空気が濾過胞内へ迷入する可能性があり、注意を要する。
また、DSAEKのドナーを接着させるためには、ホスト角膜の裏面が十分になめらかであることが必要であり、過去の近視矯正手術(佐藤氏法)手術後や全層角膜移植後眼等においては、前眼部光干渉断層計を用いた術前の評価が重要である。
図3 本症例は麻痺性散瞳しており、虹彩委縮もみられ、難症例であった。虹彩整復してからDSAEKを行うと良い。
図4 全層移植後水疱性角膜症。内皮面に大きな突出があり、角膜内皮ドナーの接着が困難であった。
4.DSAEKの手術手技
DSAEKの手術手技は大きく分けて a. 角膜内皮ドナーの作成、 b.ホスト角膜の用意、c. 角膜内皮ドナーの挿入、d. 角膜内皮ドナーの接着、に分けることができる。
a.角膜内皮ドナーの作成
まず人工前房装置にて強角膜片を固定する。この際、直径16mm以上の大きなドナー角膜片でないと人工前房圧を十分に上げられず、DSAEKドナーの作成が不能となる。そのため、DSAEKを行う場合には、強角膜片作成の時から意識して大きめのドナーを作成する必要がある(18mm程度が望ましい)。上皮を除去した後に、マイクロケラトームを用いて厚さ300~350μmのフリーキャップを作成し、残りの約100~150μmを移植片として用いる。キャップをもとに戻し、通常の全層角膜移植の時と同様に内皮面から直径8mmのトレパンで打ち抜き、ドナー角膜内皮グラフトを作成する。
図5 マイクロケラトーム
角膜内皮ドナーの作成
b.ホスト角膜の用意
ホスト角膜表面に直径8.0mmの丸いマーキングを行った後に前房メンテナーを前房へ挿入し、耳側角膜に幅5.0mmの切開を作成する。ヒーロンを前房に満たした状態で角膜表面のマーキングに沿って、逆向きシンスキーフックの先端にて、デスメ膜を穿孔させながら円形に剥離する。術者によっては、このタイミングで空気瞳孔ブロック予防のために、虹彩下方小切開を25ゲージ硝子体カッターを用いて作製し、更にホスト-ドナー層間の水分を除去するために、角膜垂直切開(3-4か所)を作成する場合がある。これらの追加手技を用いることにより、より安全確実なDSAEKが可能になると考えられるが、いずれの手技も術者の好みやレベルによって省略することは可能である。
なお、ホスト角膜のデスメ膜と角膜内皮を剥離除去しない、より単純な術式(nDSAEK: non-Descemet’s Stripping Automated Endothelial Keratoplasty)も開発されており、フックスジストロフィが少なく、従ってグッタータを除去する必要のないアジア人の水疱性角膜症に対して有用性が高いと考えられる。なお、nDSAEKを行う場合は、より強力なドナー内皮グラフトの接着を目指して、下方虹彩切開、角膜垂直切開とlarge air bubble technique(術終了時に空気を除去しない)方法の組み合わせを勧めている。
c.角膜内皮ドナーの挿入
角膜内皮ドナーの挿入はDSAEKにおける最初の山場である。可能な限りドナー角膜内皮を保護し、必ず1回で挿入を成功させる必要がある。当初は、角膜内皮ドナーを眼内レンズのように二つに折り曲げて前房内に挿入する「二つ折り法」が唯一のドナー挿入法であった。前房の深い症例がほとんどである欧米においては、未だに主流の方法である。本方法をアジア人(日本人)眼に対して施行したところ、大幅な内皮減少やドナーの挿入不能など、重篤な合併症の報告が相次いだ。その後、創口の対側のサイドポートより挿入したセッシを用いて角膜内皮ドナーを前房に挿入する「引き込み法」が開発され、ドナー挿入の確実性という点と、挿入に伴う内皮障害の予防という観点から、本邦においては引き込み法を行う術者が大半となった。引き込み法の普及の背景には、引き込み法の専用の器具の開発も関係している(図6)。ただし、本器具の単独使用は、特に浅前房眼において虹彩や硝子体脱出などのリスクがあるため、眼内レンズグライドを併用するダブルグライドテクニックも開発されている。(図7)。また、最近様々なドナー挿入器具が相次いで開発され(図8)、内皮細胞を障害しないより安全なドナー挿入法が発展してきている。
図6 引き込み法専用器具
図7 ドナーの引き込み式挿入法。
(A. 幅5mmにトリミングした眼内レンズグライドを切開創より挿入する。B. 引き込み法専用器具に内皮ドナーを装填する。C. 引き込みセッシを鼻側角膜サイドポートより挿入する。D. 内皮ドナーの前房内への引き込み。E.内皮ドナーが前房内へ挿入される。F. 眼内レンズグライドを除去すると、湾曲したドナーの形状が自然に元にもどる。)
図8 様々なDSAEK専用ドナー挿入器具
d.ドナーグラフトの接着
ドナー挿入後は、10-0ナイロンにて3糸結節縫合を行い、グラフトを水流や空気を用いて本来の形状に戻す。その後、空気をサイドポートから注入し、前房を空気で約10分間完全に置換してグラフトを角膜裏面に接着させる。この際、層間に水分が残っていると角膜内皮ドナーが術後に偏位する確立が高くなるため、スパーテル等を用いてレシピエント角膜をマッサージし、ホスト-ドナー層間の水を除去する。可能であれば、サージカルスリットランプにて層間の水分を同定し、角膜に数ヶ所垂直な穿孔創から層間の水分を能動的に取り除く方法(Priceの方法)を行う。最後に、治療用ソフトコンタクトレンズを挿入し、抗生物質、ステロイド、アトロピン軟膏を点入して手術を終了する。
5.術後管理
a.術当日の診察
術後1時間は仰臥位にて安静を指示し、3時間後に細隙灯顕微鏡にて層間に隙間がないこと、瞳孔下縁(あるいは下方虹彩切開部)よりも前房水のメニスカスが上に来ていることを確認する。
b.点眼水、内服など
通常ステロイドの内服は使用せず、リン酸ベタメサゾン水5回/日程度から漸減し、6ヶ月程度でフルオロメトロン水へと変更する。抗生物質の予防的点眼も併用する。眼圧上昇時には早めにフルオロメトロン水に変更し、場合によっては抗緑内障点眼薬を投与する。
c.退院の時期と患者指導
グラフトが接着して、前房内空気が極少量となり、上皮びらんが消失すれば退院とする。上皮が不安定な場合は治療用ソフトコンタクトレンズの装用をしばらく続ける。術後2-3週間は眼を強くこすらないように指導する。
6.合併症
DSAEKは一見単純に思えるかもしれないが、実際に行ってみると思いのほか難しく、習得が容易でないことがわかる。更に超音波白内障手術と同様に、あらゆるステップで合併症を起こす可能性があり、リカバリー可能な軽微な合併症から、非常に重篤な後眼部合併症まで起こり得るため、それら合併症を熟知した上でDSAEKを行うことが望ましい。
a.ドナー作製時の合併症
I.人工前房形成不全に伴う角膜内皮ドナー作製不能
角膜内皮ドナーの作製のためには、まずドナー強角膜片を人工前房装置にしっかりと固定する必要がある。直径の小さな強角膜片の場合は固定が不十分となり、人工前房装置とドナー角膜の隙間から灌流液が漏れるため、十分に人工前房圧を高めることができず、結果として角膜内皮ドナーの作製が不可能となり、DSAEKを行うことができない。そのためDSAEKを予定する場合は、直径18mm程度の大きめのドナー強角膜片を用意する必要がある。
II.薄すぎるドナー作製とマイクロケラトームによるドナー角膜穿孔
ドナー強角膜片を人工前房装置で固定した後に、マイクロケラトームを使用してフリーキャップを作成し、理想的には厚さ約100~150μmのDSAEK用角膜内皮ドナーを作成する。この場合、マイクロケラトームのヘッドのサイズとして300μmや350μmなどを使用する場合が多い。ただし、もとのドナー角膜の厚さが薄い角膜(極端な場合はLASIK後のドナーなど)に対して350μmのヘッドを使用した場合などには、非常に薄い角膜内皮ドナー(<80μm)ができる可能性があり、最悪の場合ドナー角膜穿孔が起こりえる。近年、薄い角膜内皮ドナーを用いた手術はUltra-thin DSAEKとして注目されているが、術中操作が比較的難しく、結果として内皮障害を生じる可能性が高まり、また、角膜内皮ドナーを元の形状に戻す操作が非常に難しくなる。極端に薄い角膜内皮ドナーの作製を予防するためには、術前の角膜厚をパキメーターを用いて把握することが重要である。厚みが不明の場合には300μmのヘッドのケラトームを使用すれば、角膜穿孔が生じることはまずない。なお、ケラトームを回転させるスピードを通常より早くすれば、薄めのキャップが作製されるため、結果としてドナーは厚めとなる。
III.不完全切除、ボタンホール
原因としては、人工前房装置内の圧力不足が考えられる。重要なポイントとしては、LASIKの際と同様に、ケラトームでカットする前に人工前房内圧が十分に高い(>65mmHg)ことを専用の眼圧計(バラッケトノメーター)で確認することが挙げられる。三方活栓をまたいで人工前房装置から遠いところでクランプすると、ケラトームでカットしている最中に人工前房内圧が低下して人工前房が虚脱し、結果として不完全切除となる場合があり注意したい。万一不完全切除やボタンホールが発生した場合には、人工前房内圧を再度高めた後に、平刃等を利用して手動で切開を完成させると良い。
IV.センタリングの失敗
マイクロケラトームでカットしたドナー強角膜片は、その後、通常の全層角膜移植の時と同様に内皮面から直径8mmのトレパンで打ち抜き、角膜内皮ドナー作成を完成させる。この際に、トレパンのセンタリングを誤ると不均一な厚みのグラフトができる場合がある。最悪の場合グラフトの周辺部が角膜全層切開となり、角膜内皮ドナー接着不全の原因となる。トレパンで切開する際に、角膜内皮ドナーの中心部の正確なマーキングを行うことが重要である。
b.レシピエントの操作時の合併症
I.濾過胞の損傷
濾過胞眼に対してDSAEKを行う場合は、濾過胞を傷つけないように粘弾性物質で保護しながら注意して手術を行う。濾過胞から離れた部位での角膜切開を用いると良い。開瞼器による損傷にも気をつける。
II.デスメ膜剥離の際の実質損傷
通常、レシピエント角膜表面においた直径8.0mmの丸いマーキングに沿って、逆向きシンスキーフックの先端にて、デスメ膜を穿孔させながら円形に剥離する。この際に、フックの先端で角膜中央部の視軸の部分を傷害すると術後の視力に影響する場合があるので注意する。最悪の場合、実質が欠損し、角膜内皮ドナーの接着不良の原因となりえる。
III.デスメ膜の部分的な残存
最近は直径8mmよりやや小さめにデスメ膜を剥離する術者が多く、グラフトを接着させた後にグラフトの周辺部に完全に内皮の無い領域を作らないような工夫を行う場合が多い。この際に、デスメ膜が部分的に残存してしまう場合があるが、特別にグラフトの接着には影響はないため完全な切除にこだわる必要はない。最近では、デスメ膜を剥離除去しなくてもDSAEKが可能なことがわかっている(nDSEAK)。なお、デスメ膜の視認性の向上には、空気灌流下でのデスメ膜剥離やトレパンブルーなどの生体染色が有効とする報告がある。
IV.大きな虹彩切開作製
術者によっては、空気瞳孔ブロックの予防のために虹彩下方に小さな虹彩切開を作成する場合があるが、25ゲージ硝子体カッターを用いる場合は予想以上に大きな虹彩切開にならないように十分な注意が必要である。大きな虹彩切開は二重視の原因になりうる
c.ドナー挿入時の合併症
I.ドナーの挿入不能、ドナー挿入の失敗
硝子体圧が高い場合、前房形成が不十分となり、二つ折り法ではドナーの挿入が不可能な場合がある。対策としては、局所麻酔の場合はホナンバルーンによる十分な硝子体圧の低下、全身麻酔下での手術、角膜内皮ドナー引き込み法の採用、ダブルグライドテクニック(引き込み法専用器具と眼内レンズグライドの併用)の使用、十分な切開創幅の確保(5.0mm)などが考えられる。なお、ドナーの挿入は1回で挿入を成功させないと重篤な内皮障害が生じて、術後primary graft failureとなる可能性が高まる。チャンスは1度しかないことを十分に認識する必要がある。
II.虹彩脱出
浅前房眼においてしばしば見られ、ドナーの挿入が困難となる。無理にドナーを挿入すると、虹彩根部離断や出血の原因となる。ドナーの挿入に眼内レンズグライドを併用(ダブルグライドテクニック)すれば、虹彩脱出が起こることはない。
III.硝子体脱出
ドナーの挿入時に鑷子やドナーが虹彩、眼内レンズなどに引っかかり、チン氏帯離断が生じた場合に硝子体脱出が生じる場合がある。特に、アルゴンレーザー虹彩切開術後水疱性角膜症などチン氏帯が脆弱である症例では注意が必要である。予防策は、前述の虹彩脱出の場合と同様である。生じてしまった場合は前部硝子体切除を行った後ドナーの接着を行うが、相当な内皮障害は免れない。
IV.縫合不全
ドナー挿入後は、10-0ナイロンにて1-3糸結節縫合を行うが、この際に創口とサイドポートから空気の漏れが僅かでもあると、術後に低眼圧となりグラフト脱落の原因となる。空気漏れが完全になくなるまで縫合を追加し、場合によってはサイドポートも縫合するとよい。
V.ドナーの前房内反転
二つ折り法の際には挿入したドナーを水流や空気を用いて元の形状に戻す必要があるが、グラフトが反転しないように注意する。角膜内皮ドナーの実質に、非対称の文字をピオクタニンペンなどで書いておき、裏表の判別に用いる方法もあるが、実質へのピオクタニンが内皮障害を引き起こすことが示されているため、行わないか、小さめの文字にとどめておいた方が良い。角膜内皮ドナーの引き込み法を用いた場合には、ドナーの前房内反転は通常見られない。
d.空気の前房内注入とドナーの接着に関連した合併症
前房内へ注入する空気のコントロールは、これまで角膜術者が行ったことのない新しい技術であるため、最も熟練を要する。空気注入においては、ほんの些細な手先の動きが重篤な合併症を来たすことがあるため、十分な注意が必要である。空気をコントロールしながら注入するには、1ccシリンジ又は2.5ccシリンジを使用すると良い。また、30ゲージや32ゲージの針を使用すると空気のコントロールが容易となる。
I.ドナーレシピエント層間への空気注入
うっかりとドナーレシピエント層間へ注入した空気は少量であれば無視しても良い。ただし、あまり勢い良く多量に層間へ空気を注入すると、ドナーが虹彩、レンズ上に押し付けてられてしまったり、ドナーが前房内で逆に折れ畳んだりする場合があるので注意を要する。
II.空気の虹彩下、硝子体腔、濾過胞への迷入
無水晶体眼では、空気が硝子体中へ迷入する可能性があるためDSAEKの適応はないと考えた方が良い。また大きな虹彩切開がある場合や麻痺性散瞳眼などでは、空気が虹彩の裏面へ迷入する可能性があり、ドナーの接着に苦慮する場合がある。基本的には、このような虹彩-眼内レンズの隔壁が不十分な症例は無理してDSAEKを行わないことが重要である。万一空気が虹彩下へ迷入した場合は、空気を吸い取って再度空気注入をやり直したらよい。空気が濾過胞内(結膜下)へ入った場合は、できる限り前房内を空気で満たして、そのままで手術を終了する。
III.虹彩位置異常
麻痺性散瞳や虚脱した虹彩の場合、空気が虹彩下へ入って虹彩が角膜周辺裏面へ張り付くことがある。この場合、ヒーロン針などを使用して、虹彩を眼内レンズ上へ押し下げるようにして、虹彩の位置異常を解除する。
IV.ドナーレシピエント層間への出血
層間への出血が見られた場合、よほど大量に視軸にかかる出血で無ければ、後述する角膜垂直切開を行うことにより層間出血は除去できる。
e.術後合併症
I.ドナーの接着不良(dislocation)
術後の検査において、細隙灯顕微鏡の細いスリット光を用いてドナーレシピエント層間をくまなくスキャンして、スリット状の隙間が無いかを確認する(図9)。ドナーの接着不良の原因として多いものに、術後の低眼圧があり、縫合をしっかりと行うことが重要である。また、術中に十分に眼圧を上げる(25-30mmHg程度)操作も重要である。 なお、デスメ膜剥離の際にヒーロンを使用した場合は、I/Aを用いて完全に前房からヒーロンを除去しないと、グラフトの接着不良の原因となるため注意が必要である。
接着を促す方法として、角膜裏面のデスメ膜剥離部の周辺1-2mmの部分を専用の器具でこすって実質線維を毛羽立たせる方法(Terryの方法)や、角膜傍中心部に15度メスで4ヶ所垂直切開を置いて層間の水分を能動的に排出する方法(Priceの方法)などがある。また、スパーテルを用いてレシピエント角膜をマッサージし、ホストドナー層間の水分を除去する方法も簡便で、有用であるため併用すると良い。層間の水分の同定には、手術顕微鏡用スリットランプが有用である。
ドナーの接着不良の対処法として、顕微鏡下で再度空気注入を行うが、感染に十分注意する。
図9 ドナーの接着不良時にみられる二重前房
II.空気瞳孔ブロック
空気瞳孔ブロックは失明する可能性がある重篤な合併症であり、放置してはならない。予防策としては、術終了時に空気を減らす方法、アトロピン点眼水の使用、6時の部位に虹彩切開を行うなどがあるが、いずれの方法も完全ではないので、術後3時間程度で一度回診を行うことが重要である。前房水メニスカスと瞳孔下縁を観察し、前房水メニスカスが瞳孔下縁より上にあれば空気瞳孔ブロックはまず起こらない。瞳孔ブロックが起こっていればトノペンにて眼圧は40-50mmHgと上昇している(図10)。この場合、細隙灯顕微鏡にあごをのせてもらい、開瞼器を使用してサイドポートをヒーロン針で押して少しだけ空気を抜けば、後房の水が瞬時に前房へ回ってきて瞳孔ブロックは解除される(図11)。空気瞳孔ブロックを放置した場合や、マンニトール点滴等で保存的に様子を見た場合、翌朝には虹彩が角膜裏面に接着したり、創口へ陥頓したり、最悪の場合視神経障害にて失明に至る場合があるため、瞳孔ブロックの予防と発見、対処には十分な配慮が必要である。
なお、前房内に空気があるうちは、飛行機への搭乗を禁止する。
図10 空気瞳孔ブロック発症時 トノペンにて眼圧が50mmHgと上昇している。
図11 空気瞳孔ブロック解除時 サイドポートから空気を抜いたところ眼圧は15mmHgと低下した。
III.Primary graft failure
Primary graft failureは術後一度も角膜が透明化することのない状態であり、術中の過度の内皮障害が原因の場合がほとんどである。予防策は、手術の全てのステップにおいて、内皮に障害を与えないように注意することである。
図11 Primary graft failureの1例 ドナーの挿入に複数回失敗したことが原因と考えられた。
IV.拒絶反応
DSAEKでは移植する組織量も少なく、上皮抗原も持ち込まず、更に無縫合のため、内皮型拒絶反応発症の頻度は全層角膜移植術に比較して低い。通常、ごくわずかなKPや色素沈着を散在性に認めるのみで、自覚症状がないことが特徴であり、眼科医による注意深い観察が重要である。治療は全層角膜移植の際の拒絶反応に準じるが、早期に発見すれば、予後は悪くはない。
V.嚢胞様黄斑浮腫
頻度は低いが、DSAEK術後に嚢胞様黄斑浮腫が発症する場合がある。術後に続く低視力の場合は本性を疑い、黄斑部OCTを施行するとよい。白内障手術とDSAEKとの同時手術時後に発症が多いとの報告もみられる。治療はジクロフェナク点眼水などである。
VI.上皮迷入
角膜垂直切開部位などから上皮がホストドナー層間に迷入する場合がある。非常に厄介な合併症であるが、角膜垂直切開部位から器具を出し入れしないことが重要である。
VII.駆逐性出血
頻度は極めて低いが発症の報告も散見され、注意が必要である。
VIII.感染症
上皮型ヘルペス、サイトメガロウイルス角膜内皮炎の再燃に注意する。縫合糸感染や、ホストドナー層間感染の報告もみられている。