ドライアイの診療

1.はじめに

ドライアイ患者を取り巻く環境

日本におけるドライアイ患者は約800万人から一番多い報告では約2,200万人とも推定され、もはや国民病と言っても過言ではない疾患になりつつある。

この背景には、ライフスタイルの変化、たとえばパソコンなどディスプレイを注視するVDT(Visual Display Terminals)作業の日常化、オフィス内のエアコン、コンタクトレンズ装用者の増加といった「外的要因」の変化があげられ、IT眼症の要因にもなっている。これは、第一次産業や第二次産業とは対照的にGDPに占める第三次産業の割合が増加し、産業の構造変化が進んでいることが背景にある(図1)。また、高齢化による加齢性変化、全身疾患、眼疾患、それらの治療の過程で起こる涙液への影響といった「内的要因」の関与も無視できない。

図1 GDPに占める第三次産業の構成比の推移

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内閣府経済社会総合研究所「国民経済計算」より作成

ドライアイの定義と診断基準

2006年にドライアイ研究会から発表されたドライアイの定義には、「ドライアイとは、様々な要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり、眼不快感や視機能異常を伴う。」と表記されている(図2)。今まで、ドライアイは涙液の異常から角結膜上皮障害を伴う単一疾患と考えられていたが、この定義からはドライアイは様々な要因から引き起こされる包括的な疾患として扱われるようになった。また、眼不快感という自覚症状や視機能異常といった患者のQOLやQOVに関与する内容が追加されたことも特徴的である。診断基準は、「自覚症状」、「涙液の異常」、「角結膜上皮障害」の3項目があり、全て陽性の場合は「ドライアイ確定例」、3つのうち2つ該当する場合は「ドライアイ疑い例」となる(図2)。

図2 ドライアイの定義と診断基準

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日本の眼科78(6):705-709, 2007より作成

2.涙液層の新しい捉え方とドライアイのタイプ

涙液層の新しい捉え方

これまで涙液層は油層−水層−ムチン層の3層構造とされてきたが、最近、ムチンの存在している箇所が異なることがわかってきた。杯細胞由来の分泌型ムチン(MUC5AC:不溶性のゲル形成ムチン)は水層に混じり込みながら全体としてゲル構造をとり、角膜や結膜の上皮の微絨毛の先端に発現しているムチンは膜型ムチン(MUC1,4,16)と呼ばれ、上皮表面を親水性に変え、液層を平坦に広げるべく機能する。一方、油層は、液層の水分の蒸発を抑制しながら液層の局所的な破綻を抑制する作用を有する。また、涙液中の脂質が瞬目時の摩擦を軽減する可能性もある(図3)。

図3 角膜上の涙液層の古典的モデル(左)と最新モデル(右)

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横井則彦、坪田一男:あたらしい眼科 29(3):291-297,2012より作成

涙液層の状態からみたドライアイのタイプ

涙液層は、開瞼時に角膜上皮表面に水が塗りつけられ、続いて油層がその水分の上を上方に伸展することによって形成される。この油層伸展の際に水分がさらに上方に引き上げられて液層の厚みが増し、安定した涙液層がつくられる。しかしこの過程が正常に進行しないと涙液層は破壊する。涙液層の破壊は、「上皮表面の水濡れ性が悪く、その表面に弾かれて涙液層の破壊が起こる場合」「上皮にむらなく塗り付けるだけの水分量がない場合」「涙液層は良好に形成されるが蒸発亢進により涙液層の破綻が生じやすい場合」の3つのタイプが考えられる。

これらはBUT短縮型ドライアイ(左上)、重症涙液減少型ドライアイ(右上)、軽症涙液減少型ドライアイ・蒸発亢進型ドライアイ(下左右*)の3つに大別できる(図4)。

*:右下は、開瞼後、涙液層の破綻(中央寄りが多い)が生じるまでに時間を要する場合で線状のみならず不整形の破壊もある。これを角膜下方で線上に生じる場合と区別すると破壊像の表現型は4つになる。

図4 涙液層破壊の表現型

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  • ①上皮表面の水濡れ性が悪く、その表面に弾かれて涙液層の破壊が起こる場合
    (左上、BUT短縮型ドライアイ)
  • ②上皮にむらなく塗り付けるだけの水分量がない場合
    (右上、涙液減少型ドライアイの比較的重症例)
  • ③④涙液層は良好に形成されるが蒸発亢進により涙液層の破壊が生じやすい場合
    (下左右、涙液減少型ドライアイの比較的軽症例あるいは蒸発亢進型ドライアイで見られる涙液破壊)
  • 横井則彦、坪田一男:あたらしい眼科 29(3):291-297,2012より作成

    ドライアイのコア・メカニズム

    −涙液安定性改善の重要性−

    ドライアイの治療においては、コア・メカニズムに関与する要因をすべて排除することができれば理想的であるが、実際には困難である。そのためいかに効率よくコア・メカニズムに対しえて治療を行うかが重要となる。(図5)。

    ドライアイのコア・メカニズムとは、何らかの要因(リスクファクター)によって涙液層の安定性が低下し、そのことによって上皮に障害が生じ、上皮の水濡れ性が低下して更に涙液の安定性が低下することで形成された涙液と表層上皮間の悪循環である。よって、ドライアイは自覚症状の改善もさることながらフルオレセイン染色を用いたBUT(Breakup time)や上皮障害の異常が治療の目標となる。

    図5 ドライアイのコア・メカニズムの考え方

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    横井則彦、坪田一男:あたらしい眼科 29(3):291-297,2012より作成

    3. ドライアイ日常診療の課題 −的確診断の重要性−

    的確診断のための検査フロー

    ドライアイのタイプやメカニズムを捉えるためにもドライアイの診断方法は重要である。ドライアイ検査は、侵襲性の低い検査から行い(図6)、段階を経て侵襲性の高い検査を行うことが重要である。たとえばシルマーテストを先に行うとBUTや涙液メニスカス の値が変わるように、ドライアイ検査の中には互いの検査への影響が無視できないものが少なくない。

    図6 ドライアイ診断のための検査順序

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    Frontiers in Dry Eye vol.2 No.2より作成

    的確診断のためのクリティカルポイント

    −フルオレセイン染色−

    フルオレセイン染色は眼表面の多くの情報を得られることから積極的に行うべき検査のひとつであり、何のために染色を行うのかについて今一度把握しておく必要がある。フルオレセイン染色は、角膜上皮の障害部位を染色することが中心と考えられがちである。しかし、加えて涙液を可視化することで、涙液貯留量(涙液メニスカス)、涙液層の安定性(BUT)、涙液分布を知る上で欠かせない検査であることも十分に認識しておく必要がある。

    フルオレセイン染色の手順とコツ

    フルオレセイン染色ではまず、涙液メニスカスの高低が一目で確認でき、ここで涙液減少が疑われるかどうか大体の判断がつく。次に、涙液メニスカスの高低の情報を元にBUTを測定し、角膜上皮障害を観察する。さらに、マイボーム腺検査や結膜弛緩症など周辺リスクファクターに対する検査を行うことも重要である。

    そして、正確な診断を行うために使用するフルオレセインの量は、最少量であることが重要である。涙液量を増やしてしまうと涙液メニスカスやBUTなどの正確な情報が得られなくなってしまい、また、涙液メニスカスの水分量が多くなることで上皮障害が判定しにくくなるためである。

    ちなみに、ドライアイのどのタイプにも共通する異常所見はBUTの短縮である。また近年、VDT作業など外的因子の変化に伴い、BUTの短縮だけが陽性所見であるにもかかわらずドライアイ症状を有するために治療を必要とするドライアイの患者が増えていることから、ドライアイの診断においてBUTを診ることは非常に重要である。

    4. 今後のドライアイ診療の方向性 −層別治療の考え方−

    ドライアイをそのコア・メカニズムから考えた時、ドライアイ治療として、涙液層の安定性を高めることは非常に重要である。近年、涙液層の安定性を高めるために必要な成分を涙液層に補充できる新しい点眼剤が登場し、涙液層の層別治療(Tear film oriented therapy)が可能となった。図7には、ドライアイ治療に用いる各種点眼剤が涙液層のどの構成要素に働きかけるか各点眼剤の薬理作用に応じて示した。ドライアイ点眼剤のラインナップの広がりにより今後は、さらに詳細な、動的な観察・診断のもと、その所見に基づいて適切な点眼液を選択し、治療を進めてゆくことができるようになるだろう。

    図7 ドライアイのコア・メカニズムに対する涙液層の層別治療

    横井則彦、坪田一男:あたらしい眼科 29(3):291-297,2012より作成

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